「空から降る石、中からあく穴」

胃潰瘍で入院する作家の話。

 

低いですね

早いですね

わたしに言っているのじゃない

採血しますね

これはわたしに言っていた、声がわたしに当るからわかる

 

 

…車椅子に乗せられ移動するまさにそのときで、このときまで気がついてもいない、看護師に、

マスクはしなくて大丈夫ですか

と聞いたのだ、

大丈夫ですよ

と看護師は言った、少し笑っていたように思う、あきらめろと言っているとわたしはそれを専門家、現場の凄みと受け取った、弾丸の飛び交う戦場で、

あぶね

と弾を避け、笑う兵士を何かで見たがその凄み…

 

 

山下澄人(2020)「空から降る石、中からあく穴」『文學界』第74巻 第6号 115, 118頁 文芸春秋