「炎天街」

会社を辞めて無職になったおっさんの狂気。

 

いつもなら気にも留めない公園の前で足が止まった。住宅街のなかほどにある、ブランコが二台に大きさの違う三つの鉄棒、手洗い場と藤棚があるだけの、他にはなにもない質素で小さな公園だ。

私の注意を引いたのは、陽に照らされる中で誰も乗っていないのに揺れている一台のブランコだった。

つい最前まで乗っていた漕ぎ手が、振り切った際にそのままどこかへ飛んで行ってしまったのではないかと思えるほど大きな揺れ方だった。

 

 

森岡篤史(2020)「炎天街」『文學界』第74巻 第6号 139頁 文芸春秋